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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)655号 判決

控訴人 甲野太郎

右特別代理人 石川和市

被控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 長橋勝啓

主文

原判決を取消す。

本件を静岡地方裁判所富士支部に差戻す。

事実

控訴代理人は、その陳述したものとみなされた控訴状によれば、「原判決を取消す。被控訴人の訴を却下する。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の陳述及び証拠の関係は、控訴代理人においてその陳述したものとみなされた準備書面により「本件の如く離婚の訴の提起後に被告が精神分裂病者であることが判明したような場合には、民事訴訟法第五六条による特別代理人を選任して手続を進行すべきでなく、人事訴訟法第四条に違背する不適法な訴としてこれを却下すべきである。」と述べた外は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

職権をもって按ずるに、本訴は、妻たる被控訴人が原告となり、夫たる控訴人を被告として提起した離婚の訴であるところ、医師梶原晃作成の昭和四六年一一月一六日付診断書及び昭和四七年八月一九日付鑑定書等により明白なとおり、右提訴後、控訴人がかねて精神分裂病者であって心神喪失の常況に在る者であることが判明したのであるが、これに対し原審は、後見監督人の選任等をまたず、民事訴訟法第五六条を準用して特別代理人を選任し、その関与の下に弁論を進行して原判決を言渡したものである。

しかし、婚姻、離婚の如き身分行為が元来代理に親しまないことはいうまでもなく、従って人事訴訟法第四条も、夫婦の一方が禁治産者なるときの離婚の訴に関し、右の者については、その後見監督人又は後見人が、本人のため、即ち本人に代ってではなく、後見監督人等の固有の職務として、訴訟追行をなすべきことを定めているのであって、右の如き場合には、それが訴の提起前であるときはもとより、訴の提起後に右の事態が判明した如き場合をも含めて、民事訴訟法第五六条を適用ないし準用して特別代理人を選任する余地は存しないというの外ない(最判昭和三三年七月二五日、民集一二巻一二号一八二三頁)。

尤も右の見解に対しては、身分行為といえども絶対に代理に親しまない訳のものでもなく、特別代理人によっても充分本人の権利保護が可能であるとみられるから、これを選任し得るし又その方が訴訟経済にも合致するとの意見があり得ようが、当該訴訟限りで選任せられる、しかも通常無関係の他人である特別代理人に右の如き充全の機能を期待することには多大の疑問があり(なお本件においても、一件記録によれば、控訴本人もその近親者も、特別代理人に非協力的であり、ために同代理人は、事実及び証拠の収集・提出も殆んどなし得ないという状態であることを窺うに充分である)、また訴訟経済の点についても、人事訴訟としては元来二次的な要請であるのみならず、―後見監督人選任の方法を執った場合に比し―如何程経済的であるかは甚だ疑わしいといわなければならない。

これを要するに、本件はすべからく、訴訟手続の中断・受継の場合に準じ、控訴人につき禁治産の宣告、後見監督人の選任等の手続を執らしめたうえ、民事訴訟法第二一〇条等の法意に則り、被控訴人と、控訴人の後見監督人間の訴訟として審理判決をなすべきものである。

原審にはこの点につき訴訟手続の違背があり、しかしてその内容よりみて、本件については、原判決を取消したうえ、事件を原審に差戻すのを相当とする。よって主文のとおり判決する。

(裁判長判事 桑原正憲 判事 青山達 小谷卓男)

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